EPILOGUE
もう、描いていた
2026年5月
最後に、少しだけ時間を戻します。2026年5月、小学校時代の友人から写真が届きました。
小学校の頃の友人から、「小学校に、私たちの卒業制作が飾られていたよ」と、写真が届いたんです。
「こんなの、作ったっけ……?」。なんとなく見覚えがあるような気もするけれど、記憶をたどっても、どうしても思い出せない。すると、「デザインしたのはAYAだよ」と。私がデザインを担当して、みんなで作ったそうなんです。

あれを見たとき、どきっとしました。
何に、どきっとしたんですか。
私は、馬とも、イルカとも、ゾウとも、ハクチョウとも、仕事をしてきたからです。
私が意図した人生を、歩いてきたんだなぁって。
あの頃から、良くも悪くも、なぁんも変わっていないんだなぁって。
あんまり大きくとらえていないんです。もっともっと、足元の話です。
私は、自分で意図して「目標」に向かって歩いてきたわけじゃなかった。目標を達成してきた人生じゃなかったんです。
もっともっと、目の前のことに無我夢中で、ひとつひとつ、全力で。ご縁があって。それで、今いる場所にいる。
そうして振り返ったら、自分が描いた絵のまんまの人生を歩んでいた。
獣医師も、ドルフィントレーナーも、動物園も、牧場も。
そう、動物園の飼育員さんも、一度は夢見たことでした。どれも、一度は夢見たことです。でも、「叶えよう」と意図して叶えたわけじゃない。
むしろ、そのことを夢見た時期があることさえ、すっかり忘れていて。ある日ふと立ち止まって、振り返って――
あ、そういや、叶っていたんだなぁ。って。
そんな感じです。それを、見せられた感じだな。
描いた絵の中の動物たちと、実際に関わる仕事をしてきました。なぜ、その場所の内側へ入ろうとしたのでしょう。
そこは、私にとって大事なところです。
問いが出たところは、私にとって「見過ごせない」ポイントだった。だからこそ、外からだけで評価できなかったんです。
ちゃんとその中の人になって、事情も本当のところも全部見て、そこで働く人とも仲間になって。そうやって、内からも外からも眺めてから――「ジャッジ」するのではなく、「私の立場」を定めたかった。
だから、一度は内側に入らなければいけなかった。
これは、私の「誠実さ」のこだわりです。見過ごせないほど大事なところだからこそ、適当なことは言いたくなかったし、わからないまま放置できなかった。
この十年は、その絵の世界と、今の社会をつなごうとしてきた。
原始時代に戻るのではなく、新しい形で「人と動物(自然)との関係」を探ってきました。本当は、人と自然、人と動物、ではなくて、人もその一部なんですけれど。
金融、ビジネス、マーケティング、AI、パブリックスピーキング……たくさんの学校に通って、学んできました。時代の流行に乗りたかったからではありません。自分の持つ根源的な世界観と、時代の流れを、融合させたかったからです。
今も学びながら、それをどう実践につなげられるか。自分の視点ではなく、相手の視点で動けているか。自問自答しながら、手探りで、一歩、一歩、歩みを進めています。
最後に。
命への慈しみが、湧き上がるんです。だからこそ、人間が命を扱うことの暴力性から、目を逸らせなかったんだと思います。いま、人間として、命と関係を結び直す道を探しています。
小学生の頃にすでに描いていた「人間といのちの関係性の地図」を、大人になってから、獣医療や教育、動物との対話、ビジネスやプロデュースという、現実の回路に変換しようとしている。そういう人生なのかもしれません。
私は、見えない価値を、
見える世界につなぐ人になりたいんだと思います。
AWAIAYA Interbeing Studio
その声を聴くには
スバン(Shuvam Gurung / Dusty)は、ネパールのポカラで歌っています。いつ、どこで歌うかは、本人に直接たずねるしかありません。Dusty のページへ / TikTok @shuvam.gurung
連絡先
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