CHAPTER 13
命を、信頼する
流産・VikyとMiska
出産の話を、長男と次男のあいだに戻します。
妊娠8週で、稽留流産と診断されました。アメリカでは、日本と違って、すぐに手術にはならないんです。それから約1か月、12週を過ぎるまで、彼はお腹の中にいました。
宣告を受けてもなお、奇跡を願ってしまっていました。お腹の中に、命の痕跡を確かに感じていて、どうしても諦めきれなかった。ずっと、お腹に語りかけていました。
宣告から1か月ほどたったある日、お腹の中の彼のことを考えていたら、名前が浮かんだんです。泰來、といいます。
名前は、考えて決めるものですか。それとも、浮かんでくるものですか。
他の子たちと同じように、お腹の子の名前を考えていました。字画を大事にしていて、そこに意味をのせていくんです。
どの子のときもそうなんですけれど、「みつかる」と、ぴたっとはまる。のせた想い、呼んだときの響き、漢字の意味、そして字画。それがぴたっと合って、もうそれ以外には考えられなくなる。
だから「決める」というより、もともとあったものを「みつける」に近い感覚なんです。
泰來のときも、そうでした。字画もよくて、お腹の子に、安らかであってほしい、また来てほしい。そういう願いも含めて。
緩やかな流れの川に、灯篭を流すような感覚でした。またきてね、と、穏やかに流れていく子を見送っていく。
名前が定まったら、なぜか、心の整理がつきました。お空へ帰る彼に持たせた願いが、名前を通して手渡されたような感覚でした。
それから間もなく、陣痛が始まりました。まだ人のかたちにもならないような、ちいさな、ちいさな命でした。それでも“生みの痛み”が押し寄せて、命が生まれるときとまったく同じように、彼は私の体から離れて、この世に落ちてきました。家と川が見える木の下に、埋葬しました。
「待っていてくれた」と感じたそうですね。
私の心が受け入れるまで、出てくるのを待っていてくれたように感じたんです。このとき、「命への信頼」が確かなものになりました。
命は、コントロールしなくても――
いや、コントロールしないほうが、
その命の宿命をちゃんとわかって、穏やかに流れ、循環していく。
「見送る」ということでは、家族だったVikyとMiskaも忘れられません。
これは信念というより、願いに近いのですが。
Vikyは、佐賀の愛護センターから保護された犬です。アメリカにも一緒に渡って、一緒に帰ってきました。我が家の“長女”として、長男から五男まで、本当によく面倒を見てくれた。家族を守ろうという責任感に満ちた子でした。
Miskaは、嵐の夜に突然現れた、アメリカ生まれの大きな猫です。最初の名前は「Storm」でした。穏やかで、忍耐強くて、ときに甘えん坊で、ときにクール。子どもたちにとても優しい、頼れる存在でした。
二匹とも、もうこの世にはいません。命の灯が小さくなっていく中で、「行ってしまう」とわかる瞬間があるんです。そのとき、とっさに出た言葉が――
「また会おうね。私も行くから、待っててね」
それは、誰に向けた言葉だったんでしょう。
もちろん、Vikyに言ったんです。この世の次に行く場所で、また会えるよ、って。「確信」というより、なんだか無意識に、そういう前提で。
さようなら、というよりは、先に行く彼女に、「そっちでまた会えるよね。会おうね」。そういう感覚でした。
外出中の夫に電話で伝えると、口裏を合わせたかのように、夫も「I'll be there! I will see you there. Love you」と言ったんです。まったく同じ意味の言葉を、Vikyに向けて。とても驚きました。夫も、似た感覚なのかもしれないなぁ、と。あの瞬間、Vikyと夫と私は、同じ光を感じていたんじゃないかと思います。
私も夫も、Vikyには本当に感謝しています。彼女は、息子たち全員の乳児時代を見守ってくれました。
私たちは、この地球の上だけでなく、地球を離れてなお、きっとつながり続ける。