CHAPTER 06
私は、殺していたのだ
高校生
高校時代、食肉検査場を見学されています。
校外学習で、食肉検査場――と畜センターを見学する機会がありました。行く前は「見たらお肉が食べられなくなっちゃうかも」と心配していた。と畜場は、自分の世界とは遠く離れた、残酷で非日常の場所だと思っていたんです。
ろくに下調べもせずに行って、愕然としました。まず、そこには獣医師が常勤していた。命を助ける仕事をする人だと思っていた人が、命を奪う場所にいたんです。すべてのお肉を検査して、安全を確認しているのだと。
スーパーで気軽に手に取るお肉は、すべてここを通ってきたんだ、ということです。
私が目を背けてきた工程を、毎日担って、「殺す」という誰もやりたくない仕事を引き受けてくれる人がいる。安全を確かめてから出荷してくれる人がいる。だから私は何も考えずに、「私の手は潔白だ」と思い込んだまま、罪悪感も背負わずに、お肉を食べてこられたんです。
他人の手を使っておきながら、自分の手は汚れていないと思い込んで、「見学したら食べられなくなるかも」なんて他人事で来てしまった。心底、恥ずかしかった。
私は、殺していたのだ。
殺したから、食べることができていたのだ。
そのとき、肚に落ちました。私は、搾取の構造の恩恵を受けている人間社会の一部で、搾取している張本人なのだと、認めざるを得なかった。
その日、家に帰って、食事はできましたか。
食べられました。
むしろ、「食べられなくなるかもしれない」と思っていたこと自体が、他人事だったんです。他人に汚い仕事をさせて、自分の手はきれいなつもりでいた。そのことが、衝撃でした。
そこから、目標が変わった。
「獣医学を勉強する」から、「獣医師になって、食肉検査場や動物愛護センターで、他の人がやりたくない仕事をやろう」に変わりました。
人間の都合で命を奪われてしまう命たちに、最後に接する人間くらいは、彼らを慈しみ、感謝し、謝罪し、少しでも安らかな時間を過ごせるようにしたい。そう思ったんです。大学5年生になるまでは、そのために地方公務員を目指していました。