CHAPTER 03
「あなたは、そこで、今幸せ?」
小学生
動物が好きなら、動物園も好きだったのでは。
それが、「動物園が大好き!」というわけでもなかったんです。コンクリートに囲まれた展示場を、行ったり来たりするクマ。檻をガンガン鳴らしながら、キーキーと金切り声をあげるサル。小さな放飼場で、ぼうっとしているビーバー。
心の中で、何度も尋ねていました。
あなたは、そこで、今幸せ?
小さな私には、「正しい」とか「べき」とかは、なかったんです。動物園のあり方を疑っていたわけでもない。ただただ、目の前の動物と、同じ目線でいた。そこに、変な解釈はなかったと思います。
かわいそうだと決めつけていたわけでもないんです。でも、どうしても“いきいき”しているようには見えなかった。私は彼らの声が聞きたかった。心が覗きたかった。本当に求めているものは何なんだろうと、問い続けていました。
そう尋ねたとき、何か返ってくる感じはありましたか。
「人間の言葉」では、何も返ってきませんでした。たすけて、とか、そういう類のものは、何も。
ただ、なんというか、心の中の、形にならない重くて曇ったものへの共鳴のようなものはありました。
返ってきた、というより、私のほうが、彼らに共鳴していた。そのほうが近いかもしれません。
動物の側から人間の世界を見る感覚は、『黒馬物語』にも通じています。
ある日たまたま、テレビで『Black Beauty』という映画が放映されていました。全部英語で、人間の話す言葉はほとんどわからなかったけれど、馬が出てくるので、じっと眺めていたんです。
それが本当に衝撃的でした。意図せず、まるで自分がその黒馬になったかのように――「何が起きているのか」「このあとどうなるのか」「この人は味方なのか、怖い人なのか」、全然わからない。わからないのに、人間たちが否応なしに、自分を次の場所へ、次の人へと引き渡していく。
自分の人生が、誰かの手によって次々に頁をめくられていく。それを受け入れる以外の選択肢が、用意されていないんです。
その混乱と不安は、その時はまったく言葉にできませんでした。しばらくして日本語訳の本に出会い、初めて人間の目線で物語を眺めたとき、ああ、あのとき私は黒馬の目線そのままで、彼の混乱を体験していたんだ、とわかったんです。
本で読み直したとき、いちばん違って見えたのは何でしたか。
あの物語で初めて、「人間社会と、その中の動物」という構造が見えた感覚がありました。
それまでは、動物たちも当たり前に、私たちと地続きに、同じように生きていると思っていたんです。でも、人間社会という檻の中で、人間の都合で、命がいとも簡単に、その人生の頁をめくられていく。その構造を見てしまった。
自分がニンゲンの側にいるんだ。いたんだ。
その切なさを、発見したのだと思います。