CHAPTER 02
生き返った子猫
小学二年生
獣医学を志したきっかけは、一匹の子猫だったそうですね。
小学2年生の頃だったと思います。小学校の体育館倉庫の下で、野良猫が子猫を産みました。みんなで「刺激しないように」と気をつけながら、成長を楽しみに見守っていたんです。
ある日曜日の朝、様子を見に行くと、親子はすっかり姿を消していました。空になった巣穴に、1匹だけ、子猫が固く、冷たくなって横たわっていた。
「死んでいる……」。何の知識もないまま、その小さな体を抱いて、心臓マッサージをしました。生き返れ。生き返れ。
すると、太陽が昇って霜が解けるみたいに、日の光に温められて、子猫の体が柔らかさを取り戻したんです。そして、ミャーっと、小さな声をひとつ上げた。
「生き返った!」って。あわてて、持ってきていた牛乳を水で薄めて小指の先に含ませて、口元に持っていきました。さっきまで死んでいたとは思えないほど力強く、私の指から血が滲むくらい、ぎゅーっと噛みしめてきた。命の力強さを、目の当たりにしました。
あの朝、日の光を浴びてうっすら目を開けたときの、彼女の瞳の深さを、今も鮮明に覚えています。
「キラ」と名前をつけました。当時飼っていた猫「ラッキー」の、反対言葉です。そして、その命がキラキラと輝きますように、という願いをこめて。
7歳くらいの子どもが、どうして心臓マッサージをできたんでしょう。
「やってみよう」とか、そういうのではなかったんです。必死だった。なんとか生きてほしい。その願いがそのまま、たぶんどこかで覚えた人間の心肺蘇生を、猫に当てはめることにつながったんだと思います。
あのときは、頭より先に、体が動いていました。
その後、キラは。
かわいくて、いとおしくて、一時も離れたくなかった。着ていたパーカーのお腹のポケットにキラを入れて、散歩に行っていました。それがどれだけ彼女の負担だったか、今となっては明らかです。でも当時の私は、本当に気づいていなかった。
1週間ほどたった頃、キラが急にぐったりしました。少なくとも、私にとっては“急に”だったんです。慌てて動物病院に連れていくと、「生きているのが不思議なくらい」と言われました。
そんなに具合が悪くなるまで、全然気づかずに連れまわしてしまった。とても衝撃を受けて、罪悪感が襲ってきました。恥ずかしかった。申し訳なかった。投薬や保温、「そっとしておく」ことを一生懸命やりましたが、キラはそのまま、命の幕を閉じました。
今度は、生き返ってはくれませんでした。取り返しがつかない。それが、悔やんでも悔やみきれなかった。
そこで、獣医学を勉強しようと決めた。
「決めた」というのとは、少し違うんです。気づけなかった自分が後ろめたくて、その足りなさを埋めるには獣医学を学ぶしかない。それが、ごく自然な学びの欲求になった、という感じです。
たとえば、ゲームが好きな子が、自然とゲームをつくってみたくなって、必要に駆られてプログラミングを学びはじめる。でも本人は「プログラミングを学ぼう」とは思っていないし、学んでいるという自覚もない。そういう、自然な流れでした。
手遅れになる前に気づいて、病院に連れていけるように。病院に着くまでのあいだ、適切な応急処置ができるように。
「獣医師」になりたかったわけではないんです。
獣医学を、勉強したかった。